前回のコラムでは、NAD⁺がミトコンドリアで電子や水素の運び役として繰り返し働くことについて紹介しました。
今回はそれに対して、NAD⁺が材料として消費される働きのひとつ、サーチュインの働きを支えるNAD⁺の役割について紹介します。
前回のコラムはこちら▼
ミトコンドリアで繰り返し働くNAD⁺〜電子や水素の運び役〜
同じDNAから、なぜ違う細胞が作られるのか?
ヒトの体は約37兆個の細胞からできています。脳細胞、肝細胞、筋肉細胞、皮膚細胞など、それぞれ異なる役割を担っていますが、実はこれらの細胞はすべて同じDNA、いわば「体の設計図」を持っています。
私たちの体は、もともとは受精卵というたった1つの細胞から始まり、分裂を繰り返しながら作られていきます。 そのため、脳細胞も肝細胞も筋肉細胞も、もとをたどれば共通の設計図を持っているのです。
では、なぜ細胞ごとに異なる働きができるのでしょうか。
その理由のひとつが、細胞によって「使う遺伝子」が異なるからです。ヒトのDNAには約2万種類の遺伝子が存在するとされていますが、すべての遺伝子が、すべての細胞で同じように働いているわけではありません。肝臓の細胞では肝臓の働きに必要な遺伝子が、筋肉の細胞では筋肉の働きに必要な遺伝子が、それぞれ使われています。
つまり、同じ設計図を持ちながら、細胞ごとに「使う遺伝子=読みとる情報」を使い分けているのです。

細胞の中の調整役、サーチュインとは?
サーチュイン(Sirtuin)は、細胞の状態を整えるために働く複数のタンパク質の総称です。どの遺伝子を使い、どの遺伝子を休ませるかを調整する仕組みに深く関わっています。
補足:サーチュインファミリー
サーチュインにはSIRT1〜SIRT7の7種類があり、それぞれ細胞内の異なる場所で、様々な細胞機能の調整を行っています。
SIRT1 細胞全体の調整役 SIRT2 細胞分裂・細胞内構造の調整役 SIRT3 ミトコンドリアの機能調整役 SIRT4 代謝のブレーキ・調整役 SIRT5 代謝・解毒の調整役 SIRT6 DNAを守るメンテナンス役 SIRT7 タンパク質生産体制の調整役
細胞に求められる働きは、そのときの環境や状態によって変化します。
例えば、DNAが傷ついたときには修復に関わる仕組みが働き、エネルギーが不足したときには代謝を調整し、ストレスを受けたときには防御反応を高めるなど、細胞は状況に応じてさまざまな対応をしています。
サーチュインは、こうした細胞の反応を調整する仕組みに関わる酵素のひとつです。細胞が環境の変化やダメージに対応し、正常な状態を維持するためのさまざまな仕組みに関わっています。
例えるなら、サーチュインは「細胞のメンテナンス指令役」。細胞内で起きるさまざまなトラブルに対応し、正常な状態を保つために働いています。
一方、加齢などに伴ってこうした調整機能が低下すると、DNAの修復やストレスへの対応、エネルギー代謝など、細胞の恒常性を保つ仕組みにも影響が及ぶと考えられています。これは細胞レベルで見た「老化」と考えられます。サーチュインが老化研究で注目されるのは、まさにこの「細胞の状態をメンテナンスする働き」に深く関わっているためです。
サーチュインとNAD⁺の関係
サーチュインの代表的な働きのひとつが、タンパク質についた「アセチル基(Ac)」を外すことです。
アセチル基は、タンパク質に付いたり外れたりすることで、そのタンパク質の働きや状態を変化させます。サーチュインは、このアセチル基を外すことで、さまざまなタンパク質の働きを調整しています。
そして、このとき欠かせないのがNAD⁺です。サーチュインはNAD⁺を利用しながらタンパク質からアセチル基を外し、その結果としてタンパク質の働き方を変化させるというわけです。




サーチュインの働きの例
DNA修復
DNAに損傷が起こると、細胞内ではその損傷を検知し、修復するためのさまざまなタンパク質が働きます。サーチュインは、こうしたDNA修復に関わるタンパク質の働きや、DNA周辺の環境を調整することで、修復が適切に進むよう支えています。
つまり、サーチュインは傷ついたDNAを直接直すというより、細胞の「修理チーム」がきちんと働けるようサポートする存在と考えると分かりやすいでしょう。
材料として消費されるNAD⁺
サーチュインが働くとき、NAD⁺は単なる補助役ではありません。反応の材料として実際に使われ、消費されます。
前述したように、サーチュインの代表的な働きのひとつが、タンパク質についた「アセチル基」を外すことです。この反応ではNAD⁺が使われ、反応によってニコチンアミドなどの物質が生じます。
つまり、サーチュインはNAD⁺があって初めて働くことができる酵素です。サーチュインによる反応とNAD⁺は密接に結びついており、細胞内のNAD⁺の状態は、サーチュインの働きにも影響すると考えられています。どれほど優れた細胞のメンテナンス機能を持っていても、NAD⁺が不足すれば、その働きは十分に発揮されにくくなります。
そのため、細胞内のNAD⁺を適切に維持することは、サーチュインの働きを支えるうえでも重要だと考えられています。
まとめ
サーチュインは、DNAからどの情報を読み取るかを調整するほか、DNA修復やエネルギー代謝、ストレスへの対応など、細胞の状態を整えるさまざまな働きに関わっています。そして、サーチュインが働く際にはNAD⁺が使われ、消費されます。
また、NAD⁺は、サーチュインの他にもさまざまな酵素の働きをサポートするのに使われて(=消費されて)います。そのため、細胞の中では使われたNAD⁺を新たに作り直したり、NMNなどから補給したりすることが大切になります。

清水 宣明【博士(工学)】
東京大学、カロリンスカ研究所(スウェーデン)など国内外の研究機関において、20年以上にわたり生命科学の研究に取り組む。健康維持や老化に関わる生命メカニズムの解明を目指し、臨床研究から分子レベルの基礎研究まで幅広い領域を横断しながら、多面的な視点で研究活動を展開してきた。
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