細胞と健康

ミトコンドリアで繰り返し働くNAD⁺〜電子や水素の運び役〜

前回のコラムでは、NAD⁺のはたらきには

  • 電子や水素の「運び役」として何度も使われる働き
  • 他の酵素の「材料」として消費される働き 

の2つがあることを紹介しました。
今回は、「運び役」としてのNAD⁺の働きの重要性について深掘りしていきましょう。
NAD⁺は、私たちの細胞がエネルギーを作り続けるうえで、どのような役割を果たしているのでしょうか。

NAD⁺は電子を受け取るとNADHになる

前回のコラムでは、NAD⁺が電子を運ぶ様子を「貨物列車」に例えて説明しました。
空の貨物列車であるNAD⁺が、電子という「荷物」を受け取るとNADHに変わり、その荷物をミトコンドリアの電子伝達系へ届ける、というお話です。

今回は、この仕組みを実際に体の中で起こっていることに置き換えて、もう少し詳しく見ていきましょう。
私たちは食事から糖質や脂質などの栄養素を摂っています。しかし、食べ物に含まれるエネルギーが、そのまま細胞のエネルギーとして使われるわけではありません。糖や脂質などの栄養素は、細胞内でいくつもの反応を経て分解されます。
栄養素が分解される過程で、エネルギーを持った電子が取り出されます。NAD⁺はこの電子を水素イオンとともに受け取り、NADHへと変化するのです。

つまり、

NAD⁺ → 電子や水素を受け取る → NADH

という変化が起こります。


前回の貨物列車に例えるなら、NAD⁺が「空の貨物列車」、NADHが「荷物(電子や水素)を積んだ貨物列車」です。

では、このNADHが運んだ電子や水素は、どこへ向かうのでしょうか。

NADHが運んだ電子からATPが作られる

NADHが電子や水素を届ける先は、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの内膜にある「電子伝達系」です。電子伝達系は、電子が持つエネルギーをATP作りにつなげる、発電設備のような役割をしています。
NADHが電子伝達系へ電子を渡すと、電子のエネルギーを利用して、水素イオン(H⁺)がミトコンドリア内膜の内側から外側へ運ばれます。

ミトコンドリアは2枚の膜からなることの説明図


補足:ミトコンドリアの2つの空間
ミトコンドリアは「外膜」と「内膜」という2枚の膜に包まれています。
・外側を包む「外膜」
・その内側にある「内膜」
そのため、内膜を境に2つの空間ができています。電子伝達系では、この2つの空間を利用して水素イオン(H⁺)の量に差をつくり、ATPを作るための力を生み出しています。

その結果、内膜を隔てて、水素イオン(H⁺)の量に多い側」と「少ない側」といった偏りができます。この偏りは、「多い側」から「少ない側」に戻ろうとする力、つまりATPを作るためのエネルギーが蓄えられた状態であることを示しています。 そして、水素イオン(H⁺)がATP合成酵素を通って元の側へ戻るとき、その流れのエネルギーを利用してADPとリン酸(Pi)からATPが作られます。


こうして作られたATPは、筋肉や心臓を動かす、細胞内でさまざまな物質を作るなど、私たちの生命活動に幅広く使われます。

NADHは栄養素から取り出した高エネルギーの電子を運び、電子伝達系へ届けることで、ATPを作る仕組みを支えているのです。 そして、電子を渡したNADHは酸化され、再びNAD⁺へ戻ります。

エネルギー産生では、NAD⁺は分解されずに繰り返し使われる

ここで、前回のコラムで紹介した「NAD⁺の2つの働き方」に戻ってみましょう。 エネルギー産生を支える過程では、NAD⁺は電子を受け取ってNADHとなり、NADHが電子を渡すと再びNAD⁺へ戻ります。
つまり、NAD⁺とNADHは、 酸化型(NAD⁺)⇄ 還元型(NADH)という状態を行き来しているのであって、この反応によってNAD⁺の分子そのものが分解されるわけではありません
前回の「貨物列車」の例えでいえば、荷物を届けるたびに列車そのものを廃棄するのではなく、荷物を降ろした列車が再び次の荷物を受け取りに向かうようなものです。

まとめ

今回は、NAD⁺の「運び役」としての働きを詳しく見てきました。

NAD⁺は、栄養素が分解される過程で高エネルギーの電子を受け取るとNADHへ変化します。そしてNADHが電子を電子伝達系へ届けることで、ATPを作る仕組みが動きます。エネルギー産生におけるNAD⁺は、「使ったらなくなる」のではなく、NAD⁺⇄ NADHと相互に姿を変えながら何度も繰り返し働くことが大きな特徴です。

私たちの細胞は、生命活動を維持するために絶えずATPを必要としています。
そのATPを作り続けるためには、栄養素から取り出した電子を受け取り、必要な場所へ受け渡していく仕組みが欠かせません。NAD⁺が電子を受け取ってNADHとなり、NADHが電子を渡して再びNAD⁺へ戻る、という循環を繰り返すことで、NAD⁺は「運び役」として、私たちの細胞のエネルギー産生を支え続けているのです。

この記事の監修者

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清水 宣明【博士(工学)】

東京大学、カロリンスカ研究所(スウェーデン)など国内外の研究機関において、20年以上にわたり生命科学の研究に取り組む。健康維持や老化に関わる生命メカニズムの解明を目指し、臨床研究から分子レベルの基礎研究まで幅広い領域を横断しながら、多面的な視点で研究活動を展開してきた。
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